「このクリは甘みが強いですね。しかも、嫌なえぐみが全くない。」
振り向くと、今しがた森の落ち葉の中から拾って手渡したクリを、生のまま剥いてかじっている若きシェフの姿がありました。
「クリは生で味わうとモノ(品質)がわかり易いんですよ」と、教えてくれた後、シェフは続けてこう語りました。
「このクリを食べているイノシシなら、すごく美味しいはずですね」
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ここは栃木県南西部の佐野市の里山の森。
平野部の広く青い空のもとに広がる人口12万人の都市の周囲を眺めると、鮮やかなオレンジ色に染まった広葉樹の森が広がっています。
佐野市と言えばラーメンとアウトレットモールが名物。 週末には首都圏からこれらを目当ての家族連れドライバーや観光バスが街道中をにぎやかせます。 その一方で、街中から眺められる周囲の里山には、シカやクマ、サル、 そしてニホンカモシカといった大型の野生動物が暮らす豊かな自然があります。
ただ一方で、これまで佐野市ではほとんど姿を見ることのなかったイノシシが、
ここ10数年の間に近隣の地域から移住してきて数を増やし、農作物などへの被害が深刻化しています。
地元の猟師たちも、これまで対峙してこなかったイノシシの生態や行動を研究しながら、 罠を中心とした捕獲方法の研鑽を続けてきました。 しかし、イノシシの被害はなかなか減らず、せっかく捕獲されたイノシシも、大半は資源利用されずに 処分されています。猟師たちのマンパワーにも限りがあり、このままでは被害を抑えることが難しくなっていました。
そこで、捕獲されたイノシシを有効活用しながら地域の活性化に結びつけるため、
佐野市が加工処理施設の建設を計画し、人とイノシシの持続可能な共生関係を構築する模索が始まっています。
アミタ持続研は、その計画の一環である市場調査を担う中で
首都圏の複数のジビエ料理店を訪問し、ヒアリングを重ねてきました。
「ぜひ、そのイノシシがいる森を訪ねて、現地の猟師さんに話を聞かせてもらいたい」 と申し出てくださったのが、都心部の繁華街でワインとジビエを提供する人気のお店のフレンチシェフ。 さっそく現地の森を案内することになった次第です。 果たして、罠にかかったイノシシにお目見えすることができるのでしょうか。
「普通なら、満月の夜の前後にはよくかかるんだけどね。昨晩は皆既月食だったから、どんなものかなぁ」
狩猟歴40年のベテランの猟師さんが小首を傾けながら現場を案内してくれますが、 足くくりの罠が作動したもののかからずに逃走した後や、 完全にかかったけれどワイヤーロープを結んだ木の根をへし折って逃げていった後を見学できた時点で、夕刻の終了時間になりました。
「こんな...イノシシって、ものすごい力があるんですね」
罠にかかったイノシシが暴れた際にできた、
爆弾が投下されたような地面の掘り返しあとを眺め、半ば呆然とするシェフ。
こうした現地の物語を実体験することで、今までとは違うサービスをお店で提供できるだろう、と語ります。
以前は姿が見られなかったというイノシシも、佐野市の豊かな自然を新天地と見込んでやってきた「新たな住民」ともいえます。 人とイノシシが、お互いに豊かさを分かちあえる関係を、他の様々な生きものたちも共に暮らす里山を舞台に築いていく。 そんな「地域の物語」のプロローグに、新たな名キャストが加わってくれたような気がしました。
(本多 清)

![[地元だから]第5回: 人もイノシシも、豊かに生きる地域づくりの物語](../../../img/column/mainImage_column.png)
